「…実はな、お前に契約を求められた時に、他の女もちょっとだけちらついたんだ…」
今や表面上は俺の彼女になっている玲華に向かって告げる。
俺は女に言い寄られることが多かった、特に年上の女に。
幼い頃は女の子に間違われることも多かったくらいだから、女たちの目には『可愛く』映るのだろう。
しかし、彼女たちが俺に求めているのは『ペット的な可愛らしさ』と気づいてからは、言い寄ってくる女には興味を抱かなくなっていた。
その反動か、自分に興味を示さない女を欲しがるようになっていった。
そういう意味でも、玲華は俺の欲求を満たしていたのだが。
気になっていたのは、この学校の一番人気の女教師・瀬戸瀬 沙織(せとせ さおり)。
まだ着任2年目で若々しい清楚な美貌を持った音楽教師である。
スラリとした細身で女性としては背の高い方だが、出るところはしっかり出ている上に、それをあまり主張しない落ち着いた清潔感のある服をいつも身に着けていることも人気の要因だろう。
しかも純真な心の持ち主のようで、色目を使ってくる他の女教師と違い、俺に対しても普通の生徒として接してくれる。
「ふ~ん、だったら彼女も手に入れてしまいなさいよ」
軽い感じで言い返されて、俺は呆気にとられる。
「そうねぇ…。こういうのはどうかしら?」
俺はパートナーでもある美少女の話に耳を傾けた。
………
「失礼します」
化学準備室の扉を開けて中に入ると、鼻を衝く薬品臭に混ざってキツイ化粧の匂いも漂っていた。
「あらまあ!君の方から来てくれるなんて!さあ、座って」
椅子に座ったまま振り返り、俺の姿を見ると喜色を示しながら席を勧めてくる女教師。
この学校の女教師の大半が俺に対してこんな感じで接してくるのだが、こいつは特に激しい。
アラフォーというのに今だ独身で、まだ自分は若い男たちに相手にしてもらえると思っているらしく、毎日しっかりとしたメイクをしている。
確かに、顔の作りは美人の類に入るとは思うのだが、化粧の質や体型を見せつける服装がケバケバしく、それが若い男には受け入れられにくい事も理解していないようだった。
俺にとっても興味が無いだけでなく、かなり鬱陶しい存在だったが、名前さえ覚えてなくて、単に『化学の女教師』とだけ認識していた。
「あら?七條さんもいたの。一体何の用?」
俺に続いて入室してきた玲華の姿を見ると、女教師は露骨にテンションを下げる。
他の教師たちと違って、理事長の娘に対して卑屈にならないところだけは評価するべきかもしれない。
「先生に良い話を持ってきたんです」
俺が椅子に座って口を開くと、再び機嫌良さそうに笑顔になる。
「まあ、なにかしら?」
「その前に確認なのですが、瀬戸瀬先生の事、どう思っています?」
すると目の前の女教師の表情が露骨に歪み、唸るように言葉を吐き出す。
「あの女…!」
予想通りの反応を見て、俺たちはほくそ笑む。
「そうですよね、どう考えても瀬戸瀬先生の方が男子生徒に人気ですよね。というか、そろそろ気付いて欲しいんですけど、先生はもう相手にされていないんですよ」
俺が正直に事実を述べると、薄々は気づいていたのか、絶望したような表情になった女がいた。
「そうよ!あの女がいけないのよ!あの女が若さだけで男の子の気を引くから私には誰も振り向いてくれないのよ!くやしぃ~!!!」
顔を歪めながら出たのは、完全に逆恨みの言葉だった。
感情を爆発させた女をしばらく冷ややかに観察し、少しだけ落ち着いてきたのを見計らって、俺は口を開いた。
「そこで相談なのですが…、先生が『あの女』に成り代わりませんか?」
「…は?」
「ですから、今の自分を捨てて、先生が若くて男子の注目を集める女性になるのですよ」
「…何を言ってるの?」
「…物分かりが悪いですね…」
俺は露骨に見下すような表情になって言葉を続ける。
「今の先生では誰も振り向かないから、あの女を乗っ取れば良いっていってるんですよ」
「…でも、一体どうやって?」
「僕に絶対服従を誓い、【使い魔】になってください。その代わりに先生には『あの女』の全てを奪う力を与えます」
「………」
俺の言葉に固まった女教師に、俺は玲華を指さして続ける。
「この玲華、実は俺の下僕の霊が乗っ取っているんですよ。ほら、こんなことをしても問題ない…」
俺は玲華の背中から腕を回して抱き寄せると、手を彼女の胸に持っていき、その膨らみを遠慮なく揉み始めた。
玲華はもちろん抵抗することなく俺の愛撫を受け入れ、むしろ気持ちよさそうに目尻を下げる。
理事長の娘に対して俺がやっている行為も、それを受け入れている玲華の様子も、通常ではありえないことだった。
目の前の女は俺たちの様子に驚いたように目を大きく見開く。
「し、信じられないわ」
「別に信じなくてもいいですよ。僕はどっちでも構わないんです。先生がこれからも誰にも相手にされない寂しい人生を死ぬまで送っても、俺の下僕になって男子生徒の視線を集める女として生まれ変わっても、ね…」
しばらく沈黙した後、女教師はやっと口を開いた。
「…どうすればいいの?」
「僕と契約した後…、死んでください」
「!!!、それは…」
魔女ほどの強い魂は別格として、【使い魔】になれる魂の条件は2つ。
1つは、対象の人物とある程度は環境を共有している事。
全く違う環境の知識や記憶を得ても、上手く使いこなせないからだ。
もう1つは、対象に対して何らかの強い感情…憧憬・愛情・嫉妬など…を抱いている事である。
これは相手の魂に干渉する力に変換される。
つまり、全く興味がない相手には、何も出来ないのである。
この女なら、同僚の教師だし、嫉妬の炎は確認するまでもない。最適の魂といえるだろう。
「もう一度言うけど、僕はどっちでもいいんですよ?」
絶句した女に、俺は再び冷ややかに告げる。
「…わかったわ」
観念したように肩を落として大人しくなった女教師に満足すると、俺たちは契約を交わした。
「あとは死ぬだけですが、方法は任せます。それでは待ってますよ」
それだけ言って俺たちは立ち去った。
翌日、学校に女教師死亡のニュースが走った。
転落死だった。
病院での死ではないので検死が行われた結果、大量のアルコールを摂取していたことが分かったらしい。
(酒の勢いで逝ったのか…まあ、上出来だな…)
検死の為に少し遅れて催された葬儀に、俺と玲華は制服姿で参列することにした。
生徒は自由参加だったので、予想通り、俺たち以外は居なかった。
教師たちは、半数くらい参加しているようだった。
その中には、こちらも予想通り、瀬戸瀬沙織の姿もあった。
葬式の会場に入り中央に目を向けると、棺の傍に寄り添うように立っている霊体を見つけた。
『あの女…あの女…』
妄執に囚われた霊になった、『女化学教師』の成れの果ての姿だった。
存在も薄く、もし俺と契約していなかったら、このまま地縛霊として永遠に過ごすことになったのだろうが…。
(よし、ついてくるんだ…)
契約によって出来ていたリンクを通して命ずると、俺につき従って移動を始めた。
喪服姿の瀬戸瀬沙織を探し出し、俺たちは近づいた。
俺たちを見つけて、沙織先生は軽く微笑みを浮かべる。
「君たちも来ていたのね。本当に惜しい人を亡くしたわね…」
どうやら本気で言ってるようなので、思わず苦笑いをしそうになったが、あえて抑える。
「そう言っていただけるなら、本望ですね」
「?」
俺の言葉を理解できずに首を傾げる沙織だったが、次の瞬間、もはや怨霊のレベルの女の霊が襲い掛かり、その体から霊体が無理やり引き吊り出される。
そして、女の霊は野獣のごとく、沙織の霊体を貪り始めた。
喰らいつくすと満足したのか、動きが止まり大人しくなった。
すると、その存在感が増大していくと同時に、搾取した瀬戸瀬沙織の魂そっくりに変化していく。
完全に変化を終えた魂に俺が意識のリンクを通じて命令すると、目を見開いたままフリーズしていた若くて美しい女教師の体に入り込んだ。
そして、完全に同化すると瞬きをして、動き始める。
「…え?これって…」
若い女性の肉体は、自分の体を素早く確かめると、絞り出すように声を出した。
「…私…瀬戸瀬沙織…なの?」
「そうですよ」
俺が同意すると、目の前の若い女は喜色浮かべる。
「凄いわ!本当になってる!凄い!凄い!」
若い女性らしく、可愛らしい仕草で喜びを噛み締めていた。
「さ、先生。とりあえず最初にすることは、『元自分』の葬儀に参列することですよ。しっかりしてくださいね」
「そうね、わかったわ…。いえ、分かりました、ご主人様」
「ああ、別に気にしなくていいですよ。表面上は生徒と教師ですからね」
「それでは…ふふふ、わかったわ」
(これからは沙織にも色々と楽しませてもらおうか…)
俺は一人ほくそ笑む。
しかし翌日、かなり濃い目のメイクと派手な衣装で登校して学校中を驚かせた沙織に、俺は激怒することになるのだった。
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