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(連載小説)憑依の研究 第1話 憧れの女性と元凶の男

「失礼します」

久々に登校した俺、尾畑紀夫(おばた のりお)は、荷物をもったまま職員室に立ち寄った。
始業前で慌ただしく作業をしている教師たちの中に目的の人物がいることを確認すると、足早に近づき声を掛ける。

「この度は心配させてしまって、すみませんでした」

机に向かって作業に集中していた女教師が不思議そうに俺を見上げるが、すぐに理解して優しく微笑む。

(うわ、やっぱり綺麗な人だな)

久々に見るその美貌に俺は一瞬見とれてしまう。
彼女の名前は椎木妙穂(しいぎ たえほ)。俺の通うこの高校の教師で、俺のクラスの担任でもある。
お伽噺の姫を連想させる長く艶やかな黒髪と少女の面影を残す清楚な美貌。
幼さが残る容貌とは逆に成熟した女性であることを主張している体のライン、特に豊かなバストの持ち主とくれば健全な男子高校生が憧れないはずがない。
加えて気配りができる優しい性格で男子生徒のみならず女子生徒にも絶大な人気がある。

「心配したのよ、本当に」

面会は制限されていたので、何度か心配するように電話があったと聞いている。

「すみませんでした。でもそんなに問題は無かったですよ」

「そうは言っても頭を強く打ったんでしょ?もし気分が悪くなったらすぐに言うのよ」

先生の配慮に俺は嬉しくなった。


1週間前、俺は事故…というか、酷い目にあった。
体の方は軽傷だった。
ただ、頭を強く打ったショックで意識不明となり、生死の境を彷徨った…というのが医師からの説明だった。
俺の主観では異なっていた。
俺はショックでいわゆる幽体離脱をしていたようで、昏睡状態の自分の体を傍で何も考えられず眺めていた。
しばらくして自分の状態を認識した俺は、あわてて自分の体に戻った。
不思議な体験からあっさりと自分の体で意識を取り戻した俺は、特殊な能力を得ていることに気づいた。

1つは、人の魂というか霊体が見えるようになっていることだった。
人の魂は身体と同じ形を持って重なるように存在している。
そして個人ごとに異なる色を持つようで、言葉通りに十人十色。
一応大まかな傾向として、男は青っぽく、女は赤っぽい色をしているようだった。
もしかすると男女マークの色を考案したのは、俺のように魂が見える人間だったのかもしれない。

もう1つは、自分の意思で幽体離脱できるようになったことだった。
俺はこの能力に関して自分なりの実験を始めた。
最初に試したのは、どのくらいの範囲を霊体で移動できるかだった。
結論からいえば、そんなに遠くまでいけなかった。
せいぜい病院の敷地内を移動できる程度で、それ以上肉体から離れようとすると、心の奥底から恐怖心のようなものが沸き上がり制限される。
これは一種の慣れが働くのではないかと俺は推測している。
高い場所での作業に慣れていくみたいな感覚だ。
しかし自分の肉体から離れるのはリスクであることには変わりないので、過信は禁物だろう。

移動範囲に目星がついた俺は、高校生男子として自分の欲求をみたす行動に出る。
看護師の中に若くて綺麗な女性がいたので、その人の交代の時間になると霊体で更衣室に忍び込む。
目の前で着替えを始めて下着姿になる美女を見て、ふと思いつく。

(この人に乗り移れないかな?)

俺は背後から近づくと、彼女の中に入り込もうと挑戦する。

『!』

彼女の霊体に触れた瞬間、彼女の戸惑う感情が俺に伝わってきた。

「え、何!」

同時に声を出す美人看護師。
それでも強引に霊体を押し当てるが、強い抵抗を感じて入れない。
更には俺から逃げるように看護師は動き回り、大騒ぎとなってしまったので、断念するしかなかった。
それではと、今度は意識のない人を探して試してみようと考えたが、病院内で寝ているのはおじさんおばさんしか見つからない。
気持ちが萎えて冷静になった俺は、自分が試している事に何らかのリスクがある可能性に気づいた。
若くて美しい女性に乗り移れるかもしれないなら危険を覚悟して挑戦するのもアリかもしれないが、そうでないなら試すのも怖くなった。
仕方なく、着替えを覗くことや、たまに来る外来の女性患者の診察風景を覗かせてもらう程度で我慢することにした。
あとは検査が続く日々が過ぎ、やっと退院して、久々に登校してからの担任への報告だった。



(それにしても…)

目の前の美人教師を見つめて俺は溜息が出そうになる。
俺の目に映る妙穂先生の魂のオーラは、正にこの女性の内面の美しさを表現しているかのように綺麗なピンク色をしていた。

(容姿だけでなく魂も綺麗な色をしているんだな…ん?あいつは!)

先生の肩越しに窓の外からこちらを見つめる作業着の男の姿に気づく。
そいつの名前は木乃池秀作(きのいけ しゅうさく)。最近この学校に赴任してきた用務員である。
そもそもの発端は、こいつが新体操部の練習を覗いていたのを俺が見つけて声を掛けたことからだった。
別に咎めるつもりだったのではない。
新体操部のエースとコーチはかなりの美形と有名だったので、男として気持ちは理解できる。
だから『何やってるんだ』的な軽いツッコミのつもりだった。
だが奴は逆上し、取っ組み合いになったあげく、二人そろって転倒、頭を強く打って気を失うという事態に陥ったのだった。
俺とは別の病院に運ばれたようだが、どうやら向こうも軽傷で済んだようである。
奴の立場は相当悪くなった。
体面的なものもありグレー判定の事故として処理されて、即クビだけは免れたようだが今後どうなるかは分からない。
向こうも俺に気づいたようでにらみ返してくる。
俺の目にはその姿に重なって奴の黒に近い青色の魂が見えている。

(それにしても、こいつの魂は酷い色をしているな。やはり内面があらわれるものなのかもしれないな)

「どうしたの?」

俺の視線に気付き先生も振り向く。同時に奴は視線を外し、こちらに背を向けた。

「あ、木乃池さんね…あの人も今日から復帰されたみたいよ」

もちろん話は聞いているのだろう。少し苦笑いしながら先生は言葉を続ける。

「まあ、いろいろあったかもしれないけど…もう終わったことだし水に流してあげてね?」

「…ええ、まあ…」

俺の返事はどうしても中途半端なものになってしまう。

「…とにかく少しでも具合が悪くなったら保健室にいくのよ?綾香…じゃなかった…平井木先生にも言っておくから」

「はい、気を付けます。それじゃあ失礼します」

俺は職員室を退室した。

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